Youtuberとは言いますが。

Youtuberは仕事とは認めないっ!!!

 

なんて意見もちらほら聞こえる今日この頃。

どうも、「Youtuberは楽して稼いでる」だの、「世間のためになっていない」だの、いろいろな言われようをしているようだけど、正直に言おう。

 

どーーーでもいいわと。

 

仮に

「はい、おめでとう!今日からYoutuberは正式な仕事として認められましたよ!!」

となったところで、何か変わるかと言われたら、さして何も変わらないだろう。

 

「いや!世間の評価が変わって扱いも変わるかもしれないじゃないか!」

と言うかもしれないが、家が借りにくいだの、お金が借りにくいだの、カードが作りづらいだのというのは、決して世間から認められていないからでない。単純に収入の安定性が低いからと実績がないからだ。

 

という以前に、そもそもこの手の話になると、

「そんなことはない!Youtuberだって努力してるし、工夫している!」

「世の中には僕たち私たちを求めている人だっているんだ!」

「そんなこと言うんだったら自分たちだってやってみればいいじゃない!!」

「「「だからYoutuberは立派な仕事なんです!!!」」」

なんて反対意見が出てくるが、お門違いも甚だしい。

 

この手の話題は近年非常にホットな話題のため、活発に議論がされているように見れるが、実際のところ、議論の土台にすらあがっていないと思っている。

 

なぜか。

 

それは「いったい仕事とは何なのか」という大前提の定義が済んでいないまま、「仕事だ!」「仕事じゃない!」という話に進んでいるからだ。

お互いに前提条件の認識が終わっていないのに議論が始められるわけないだろう。

 

それは、一方は「りんごってすごい美味しいよね!果物の中で一番おいしい!」と主張しているにもかかわらず、「そんなことない!りんごは赤い!そして丸いじゃないか」といっているようなものだ。

りんごを食べ物として議論するのか、見た目として議論するのかお互いに統一しないまま進めたら話が噛み合うわけがない。

 

仕事というものを、単にお金を稼ぐための手段という立場にたてば、Youtuberは立派な仕事だ。ギャンブルだって仕事になりうるし、家の手伝いもお小遣いという対価をもらえば仕事になりうる。

 

しかし、あくまでYoutuberを仕事を思っていない人は、仕事に大してもっと込み入った定義をしているのだろう。どんな定義をしているのかは、あまり興味がないので詳しくは言及しないけども。(俺はYoutuber(もしくはそれに値する働き方)なんて認めないぜ☆って人がいたら是非その価値観お寄せください。)

 

これについては、どちらがいいと言う話でも悪いという話でもない。

単純にお互いの価値観の共有ができていなく、その状態で議論を始めてしまっているだけだ。

そう言う意味で「Youtuber(他にも最近出てきたような働き方)は仕事か仕事じゃないか論!」は全く生産性がないと思っている。テーマにしやすいからいろんな人が取り上げてるだけだろう。

だったら、「そもそも仕事とは何なのか」を徹底的に議論したほうが、結果的に何か得られるんじゃないかな。

 

というわけで、この手の話がでたときは、

「あー、また何もわかってない人が議論っぽいこと始めちゃったよ。まったく暇なんだろうなぁ。まあ今日も1日頑張って仕事するかぁ。」

などと思ってるくらいがちょうどいいんではないだろうか。